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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)9699号 判決 1963年4月23日

判   決

当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり

右当事者間の昭和三四年(ワ)第九、六九九号解雇予告手当等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は別表(一)記載の原告らに対し、同表の「合計」欄記載の各金員及びうち同表の「三〇日分平均賃金」欄記載の各金員に対する昭和三四年一二月一三日以降完済に至るまで五分の割合による各金員を支払え。

別表(二)記載の原告らの請求を棄却する。

訴訟費用中、別表(一)記載の原告らと被告との間に生じたものは被告の負担とし、別表(二)記載の原告らと被告との間に生じたものは同原告らの負担とする。

事実

一  当事者双方の求める判決

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告らに対し、別表(一)及び(二)の「合計」欄記載の各金員及びうち同表の「三〇日分平均賃金」欄記載の各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和三四年一二月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控指定代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

二  請求の原因

原告らはいずれも被告に雇傭され、わが国に駐留するアメリカ合衆国陸車(以下「軍」という)の通信補給廠(当時の所在地、横浜市の富岡地区)に勤務する、いわゆる間接雇傭労務者であつたところ、別表(一)及び(二)の「解雇年月日」欄記載の日にそれぞれ被告から到達した「人事措置通知書」と題する書面により、解雇の意思表示を受けた。被告は原告らに対し所定の予告期間を置かずに右解雇の意思表示をしたのであるから、労働基準法第二〇条の規定により、あるいは間接雇傭労務者の労務関係を規律する「アメリカ合衆国軍隊による日本人及び通常日本国に居住する他国人の日本国内における使用のための基本労務契約」(以下、基本労務契約という)の細目書(以下、「細目書」という)ⅡB節2bの規定により、解雇予告手当として原告らの三〇日分の平均賃金を支払う義務があるのに、その支払をしない。

そこで、原告らは被告に対し解雇手当として、その三〇日分の平均賃金である別表(一)及び(二)の「三〇日分平均賃金」欄記載の金員及び同額の附加金として、同表の「附加金」欄記載の金員並びに前者の金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三四年一二月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及んだ。

三  答弁

1  請求の原因のうち、原告らが被告に雇傭され、軍の通信補給廠に勤務する間接雇傭労務者であつたこと、被告が原告らに対し「人事措置通知書」を交付し、原告らと被告との間の雇傭契約が、原告らに右通知書が到達した別表(一)及び(二)の「解雇年月日」欄記載の日に終了したこと、原告らの三〇日分の平均賃金の額が同表の当該欄記載のとおりであることは認めるが、被告に原告ら主張のような金員の支払義務があることは否認する。

2  原告らの本訴請求は原告らが被告から解雇の意思表示を受けたことを前提とするものであるところ、原告らと被告との間の雇傭契約は、以下に述べるような経緯により成立した当事者間の合意によつて解除されたのであるから、原告らの請求は失当である。

(一)  軍の通信補給廠は昭和三三年に横浜市の富岡地区から相模原市の相模地区へ移動したのであるが、細目書ⅠH節の9C(2)の(a)及び(b)の規定(当時適用されていた規定をいう。以下同じ)には、部隊の所在地の移動に伴う労務者の人事措置について、次のような規定があつた。

(a) 通勤距離内

現在の所在地を管轄する契約担当官代理者および労務管理機関が、現在の所在地から通常通勤できる距離内にあると決定した地域に、部隊の移動(以下「通勤距離内の部隊移動」という)が行なわれる場合には、全労務者を新らたな所在地に転勤させるものとする。この転勤を拒否する労務者は、細目書ⅠE節3hに従つて、辞職したものとみなすものとする。ただし、転勤のため基本給または諸手当が減少する結果となる場合には、労務者は、本節8aに定める権利と給付を得て退職することができるものとする。また、移動の結果、労務者の現住所からの通勤が移動前より甚しく困難となる場合には、労務者は、両当事者の合意に基き、8aに定める権利と給付を得て退職することができるものとする。

(b) 通勤距離外

現在の所在地から通常通勤できる距離外にあると決定された地域に、部隊の移動(以下「通勤距離外の部隊移動」という)が行なわれる場合には、労務者は、新らたな所在地に転勤する機会を与えられるものとする。転動を希望しない労務者は、8aに定める権利と給付を得て退職することができるものとする。

(二)  そこで、被告は、その機関である神奈川県港渉外労務管理事務所長を通じて、昭和三三年八月二六日頃原告らに対し、「お知らせ」と題する書面をもつて、軍の通信補給廠の所在地が相模原市の相模地区へ移動するが、新所在地は通動距離外にあると決定されたこと、転動を希望しない労務者は細目書ⅠH節8aに定める権利と給付、すなわち、通常の退職手当及び人員整理退職手当を得て退職することができる旨を通知するとともに、転勤を希望する者はその旨を申出るよう促がしたところ、別表(一)記載の原告らのうち、神山久、木本キヨ子、竹内富美子、野原チヨ、萩原勇平、山岡豊及び渡辺暉夫の七名を除くその余の原告ら七二名は同年八月二八日頃文書をもつて、右原告ら七名は移動の当日口頭で、いずれも被告に対し転勤を希望しない旨を申出て、別表(二)記載の原告ら五名は、いつたん転勤を希望する旨を回答し、その後右原告らのうち、原告国井栄子は昭和三三年九月四日、原告飯野美代子は同月六日、原告吉田智子は同月八日、原告上杉栄一は同月一七日、原告佐藤貞子は同月二二日に、それぞれ「変更届」又は「理由書」と題する書面をもつて、前回答を変更し、転勤をとりやめてて、退職する旨を被告に届出た。そこで、被告は原告ら全部に対し、前記「人事措置通知書」をもつて、細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定によつて、原告らが退職することを認める旨を通知したのである。

(三)  原告らの右転勤を希望しない旨の申出には、退職、すなをち雇傭契約の合意解除の申込の意思表示が含まれているので、被告は、右「人事措置通知書」によつて、これに対する承諾をした結果、原告らと被告との間の雇傭契約は当事者間の合意により、別表(一)及び(二)の「解雇年月日」欄記載の日をもつて解除されたのである。

すなわち、細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定によれば、通勤距離外の部隊移動の場合には、労務者は部隊の新所在地に転勤するか、あるいは同節8aに定める権利と給付、すなわち、通常の退職手当及び人員整理退職手当の支給を受けて退職するかのいずれかを選択する権利が与えられ従つて転勤を希望しない労務者は退職しなければならないのであるから、原告らが新所在地への転任を希望しない旨を申出たことは、後者を選択する意思を表明したものというべきである。のみならず、部隊の所在地が移動する場合には、現在の所在地における業務は廃止されるのであるから、原告らの右申出は原告らが被告との間の雇傭契約を継続させる意思のないこと、すなわち、退職の意思を表明したものと解すべきことは当然である。なお、原告らに退職の意思があつたことは、軍の通信補給廠の旧所在地における労務者七九八名のうち、約六〇〇名が新所在地に出勤しているのに、原告らは移動後出勤していないこと、原告らは、被告から交付された前記「人事措置通知書」を神奈川県港渉労務管理事務所に提示して、通常の退職手当及び人員整理退職手当を何らの異議なく受領していることなどの事実からみても、明白である。

(四)  上述のとおり、原告らと被告との間の雇傭契約は当事者間に成立した合意により、別表(一)及び(二)の「解雇年月日」欄記載の日をもつて解除されたのであつて、被告は原告らに対し解雇の意思表示をしたことはないから、解雇予告手当を支払う義務はなく、従つてまた、附加金の支払を命じられるいわれもない。

(以下省略)

理由

一  原告らがいずれも被告に雇傭され、当時横浜市の富岡地区にあつた軍の通信補給廠に勤務する間接雇傭労務者であつたこと、原告らと被告との間の雇傭契約が、原告ら主張の「人事措置通知書」がそれぞれ原告らに到達した別表(一)及び(二)の「解雇年月日」欄記載の日に終了したことは、当事者間に争がなく、また右雇傭契約が終了するにいたつた経緯が次のようであつたことも当事者間に争がない。

すなわち、軍の通信補給廠が昭和三三年横浜市の富岡地区から相模原市の相模地区に移動したが、右移動に当り、被告が細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定に従い、その機関である神奈川港渉外労務管理事務所長を通じて、同年八月二六日頃原告らに対し、「お知らせ」と題する書面をもつて、軍の通信補給廠の所在地が相模原市の相模地区に移動するが、新所在地は通常通勤できる距離外であると決定されたこと、転勤を希望しない労務者は細目書ⅠH節8aに定める権利と給付、すなわち、通常の退職手当と人員整理退職手当とを得て、退職することができる旨を通知するとともに、転勤を希望する者はその旨を申出るよう促したところ、別表(一)記載の原告らのうち、神山久、木本キヨ子、竹内富美子、野原チヨ、萩原勇平、山岡豊及び渡辺暉夫の七名を除くその余の原告ら七二名は同年八月二八日頃文書をもつて、右原告ら七名は、部隊移動の当日口頭で、いずれも被告に対し転勤を希望しない旨を申出で、別表(二)記載の原告ら五名は、いつたん転勤を希望する旨を回答し、その後右原告らのうち、原告国井栄子は昭和三三年九月四日、原告飯野美代子は同月六日、原告吉田智子は同月八日、原告上杉栄一は同月一七日、原告佐藤貞子は同月二二日に、それぞれ「変更届」又は「理由書」と題する書面をもつて、前の回答を変更し、転勤をとりやめて、退職する旨を届出た。そこで、被告は原告らに対し、「人事措置通知書」をもつて、細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定によつて退職することを認める旨を通知した。

二  原告らは、被告との間の雇傭契約は、被告の「人事措置通知書」による解雇の意思表示によつて、終了したと主張し、被告は、別表(一)記載の原告らの転勤を希望しない旨の申出は退職の申出と認められ、別表(二)記載の原告らは明らかに退職を申出たのであるから、被告の「人事措置通知書」による承諾の意思表示によつて、右雇傭契約は合意解除されたと主張するので、以下に検討する。

1 細目書ⅠH9C(2)(b)節の規定には、「(現地の所在地を管轄するアメリカ合衆国政府の契約担当官代理者及び日本国政府の労務機関が)現在の所在地から通常通勤できる距離外にあると決定した地域に部隊の移動が行なわれる場合には、労務者は新らたな所在地に転勤する機会を与えられるものとする。転勤を希望しない労務者は、(同節)8aに定める権利と給付を得て、退職することができるものとする」と、定められていることは、当事者間に争がないところ、原告らは、右規定は、通勤距離外の部隊移動の場合に転勤を希望しない労務者は所定の権利と給付を得て解雇されるとの趣旨を定めたものであると解し、この解釈を前提として、転勤を希望しなかつた原告らに対する被告の「人事措置通知書」による意思表示は解雇の意思表示であると主張し、これに対し、被告は、右規定は、通勤距離外の部隊移動の場合には、労務者が新所在地に転勤するか、あるいは所定の権利と給付を得て退職するかのいずれか一方を選択する権利を有し、従つて、転勤を希望しない労務者は退職する外ないとの趣旨を定めたものであると解し、この解釈を前提として、被告の「人事措置通知書」による意思表示は、原告らの退職の申出に対する承諾であると争うのである。

(一) そこで、まず細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定に対する原告ら主張の解釈について、同人らの挙示する論拠に基づいて、その当否を考えてみる。

(1)  細目書ⅠH節9C(2)(a)の規定に、「現在の所在地を管轄する契約担当官代理者及び労務管理機関が現在の所在地から通常通勤できる距離内にあると決定した地域に移動が行なわれる場合には、全労務者を新らたな所在地に転勤させるものとする。この転勤を拒否する労務者は細目書ⅠE節3hに従つて辞職したものとみなすものとする」と定められていることは、当事者間に争がない。ところで右(a)の規定の趣旨は、通勤距離内の部隊移動の場合には、一般に労務者は転勤することが可能であるから、この場合に転勤を拒否する労務者については、その退職の意思表示がなくても、退職したものとみなすことにより、雇傭契約が終了するものとし、その終了は、細目書ⅠE節3hの規定に従つて辞退する労務者の場合と同様、労務者に帰責さるべきものであるから、通常の退職手当のみの支給を受けるものとしたのであり(細目書ⅡB節12の規定参照)、細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定は、通勤距離外の部隊移動の場合には、一般に労務者は転勤することが不可能ないし因難であるから、この場合に転勤を希望しない労務者で、退職を布望するものがあれば、それによつて雇傭契約が終了するものとし、その終了は、人員整理が行なわれる際の退職希望者の場合と同様、使用者に帰責されるべきものであるから、細目書ⅠH節8aに定める権利と給付、すなわち通常の退職手当の外に、人員整理退職手当(細目書ⅡB節12の規定参照)の支給を受けるものとしたのであると解される。従つて、両規定は、いずれも部隊移動の場合に転勤を希望しない労務者の雇傭契約が労務者の退職(辞職)によつて終了する場合につき定めたものであつて、原告らの主張するように、部隊移動が通勤距離の内であるか外であるかによつて、雇傭契約の終了の形態を区別しているものでなく、主として退職手当の支給に関して区別を設けているものといわなければならない。してみると、右(b)の規定は、(a)の規定との対比上、転勤を希望しない労務者は解雇されるとの趣旨を定めたものとする原告らの解釈は当らない。

(2) 細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定が人員整理について規定したH節の中に設けられていることは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一号証によつて認められる細目書ⅠH節1及び4の規定によると、右にいわゆる人員整理とは、予算の削滅、人員の過剰又は機構の変更に基き、部隊を閉鎖し、又は部隊内の職場における労務者の総数を減少させる必要がある場合に限つて、一人又はそれ以上の労務者の人員を削滅するため、その意思に反して労務者の雇傭契約を解除することをいうのである。部隊移動(又は漸次移動)の場合は、部隊が現在の所在地から新所在地に移動するだけで、両所在地を通じていえば、労務の需要に影響がなく、労務者の人員を削滅する必要はないが、現在の所在地についていえば、その所在地における労務の需要はなくなり、労務者の人員を削減する必要があることは、部際の閉鎖又は漸次閉鎖とかわりはないから、これらの場合に関する規定と竝べて、右(b)の規定その他の部隊移動の場合に関する規定をH節の中に置いたものと解される。しかし、H節5の規定は、「両当事者(日本国政府とアメリカ合衆国)は、人員整理が予想される場合には、その人員整理を最少限度にとどめるために、できる限りの調整を行なうものとする。(日本国政府の)労務管理機関は、人員整理の通告が発せられる前に、退職希望者を募ることができ、(アメリカ合衆国の)契約担当官代理者はその者の退職を承認することができるものとする」と、定め、人員整理が行なわれる場合に、それを最少限度にとどめるために、退職希望者を募ることとし、同節7及び8の規定は、その希望退職に関する手続及び希望退職者の権利と給付について、定めているのであつて、H節の規定は、すべてが人員整理自体に関する規定のみでなく、人員整理が行なわれる場合の希望退職に関する規定を含んでいるのである。右(b)の規定は、通勤距雖外の部隊移動の場合における希望退職に関する規定があることは、既に述べたとおりであつて、右規定がH節の中に置かれているからといつて、直ちに右規定を、人員整理(解雇)について定めた規定と解するのは、当らない。

(3) 細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定に、通勤距雖外の部隊移動の場合に転勤を希望しない労務者は、同節「8aに定める権利と給付を得て」退職することができる旨が定められ、右8aの規定には、「本節(H節)5、7及び9C(2)に定めるところにより、雇用を解除される労務者に対しては、その解除が本人の意思によらないものとして、完全な権利と給付とを与えられるものとする」と定められていることは、当事者間に争がない。しかし、同節5及び7の規定は、いずれも人員整理が行なわれる場合の希望退職に関する規定であり、9C(2)の規定は、既に述べたように、部隊移動の場合の希望退職に関する規定であつて、いずれも人員整理(解雇)自体に関する規定ではない。右8aの規定にいう「雇用を解除された労務者に対しては、その解除が本人の意思によらないものとして」完全な権利と給付とが与えられるとの趣旨は、右のような希望退職によつて雇傭契約が解除(終了)となる労務者に対しては、その解除(終了)が本人の都合によるものでなく、使用者の都合によるものとして取扱い、退職手当の支給について優遇されることを意味するものと解すべきである。従つて、右(b)の規定が8aの規定を引用していることからして、右(b)の規定を解雇について定めた規定と解することはできない。

(4) 成立に争のない乙第二ないし第五号証の各一を参酌して、成立に争のない乙第八号証をみると、本件の軍の通信補給廠の移動に当り転勤を希望しない労務者で、退職願を提出したことが認められないものについて、軍の被告に対する「人事措置要求書」の第二項の「措置の種類」欄に「解雇」と記載され、(右要求書に「解雇」と記載されていることについては、当事者間に争がない)軍は右労務者について「解雇」の措置をとるべきことを要求したかのように思われるのであるが、右要求書の第一二項の「摘要」欄には、「細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定に基く解雇」と記載されているので、軍は右規定に基く雇傭契約の解除(終了)の措置をとるべきことを要求したものと解するのが相当である。

(5) 「新基本労務契約の解釈及び運用について」と題する昭和三二年一二月二六日附関係都道府県渉外労務主管部長あての調達庁通達(調労発第一、八二四号)に原告ら主張のような解釈及び運用の方針を指示した記載があることは、当事者間に争がない。しかし、右通達は、細目書ⅠH節(2)(b)の規定自体についての解釈及び運用の方針を明らかにしたものではないと解される。けだし、通勤距離外の部際移動の場合には、労務者が転勤しないことをもつてその労務者に帰責することはできないから転勤を希望しない労務者は退職したものとみなすことができず、むしろ、この場合には、労務者は転勤も希望しないし、退職も申出ないことがあるのに、細目書はこのような労務者に対する人事措置について直接の規定を設けていないので、右通達は、通勤距離外の部隊移動の場合に、転勤を希望しない労務者については、退職の申出がない限り、人員整理(解雇)として取扱うのが適当であるとの趣旨を指示したものと解すべきだからである。従つて、右通達があるといつて、原告ら主張のような右(b)の規定自体の解釈を肯定することはできない。

(6) (証拠―省略)によると、昭和三二年一〇月頃軍の輸送廠(第八〇〇一部隊)が漸次閉鎖されると同時に、川崎市扇町から相模原市上矢部に移動し、その際右漸次閉鎖のために、右部隊に勤務していた労務者に対しては人員整理(解雇)が行なわれ、解雇予告手当が支給されたことが認められるが、右部隊移動のために人員整理が行なわれたとの原告ら主張の事実に添う証人(省略)の証言は信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠がない。

また証人(省略)の証言に当事者間に争のない事実を合せると、原告らの所属する全駐留軍労働組合が調達庁及び神奈川県事務当局に対し、本件の軍の通信補給廠の移動に当つて転勤を希望しない労務者に対して解雇予告手当を支給するよう要求して、交渉した結果、これら事務当局が組合の要求を容れようとして、軍との間に、軍が右労務者に対して人員整理要求の手続をとるよう、再三にわたつて交渉を行なつたが、軍がこれに応じなかつたので、現在この問題が日米合同委員会の協議事項となつていることが認められる。しかし、調達庁及び神奈川県事務当局が軍との間に右のような交渉を重ねたのは、細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定自体の解釈として、通勤距離外の部隊移動の場合に転勤を希望しない労務者に対しては人員整理(解雇)の措置がとられるべきものとの見解を有していたためであると認めに足りる証拠はない。むしろ、弁論の全趣旨によると、これら事務当局は、細目書には、このような労務者に対する人事措置について特別の規定がないから、当時既に発せられていた前記通達の方針に従い、労務者に対してできる限り有利な措置をとることができるようにしたいとの希望の下に、軍との間に前記のような交渉を行なつたものと推測されるのである。

従つて、以上に関する事実は、右(b)の規定につき原告らが主張する解釈の論拠とはならない。

(7) 細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定が昭和三四年四月二七日原告のような規定に改正されたことは当事者間に争がない。改正前の右規定は、通勤距離外の部隊移動の場合に、退職を希望する者の権利と給付を定めたに過ぎなかつたが、改正後の右規定は、右の場合に、転勤を希望しない労務者については、使用者の解雇の意思表示によつて、その雇傭契約が終了するものとし、その終了は使用者に帰責されるべきであるから、同節8aに定める権利と給付、すなわち通常の退職手当の外に、人員整理退職手当の支給を受けるものとする旨を定めたものである。従つて、右改正は、従来の規定の用語を改めて、その内容を明確化したに過ぎないものでなく、内容そのものを改めたものであるから、右規定の改正をもつて、原告ら主張の解釈の論拠とすることはできない。

以上説示のとおりであるから、細目書ⅠH節9C(2)(b)の、規定をもつて、通勤距離外の部隊移動の場合に転勤を希望しない労務者は所定の権利と給付を得て解雇されるとの趣旨を定めたものとする原告ら主張の解釈は、失当といわなければならない。

(二)  次に、細目書ⅠH節9C(2)(b)に対する被告主張について、その当否を考えてみる。

被告は、右(b)の規定は、通勤距離外の部隊移動の場合には、労務者は部隊の新所在地に転勤するか、あるいは所定の権利と給付を得て退職するか、いずれか一方を選択する権利を有し、従つて転勤を希望しない労務者は退職しなければならないとの趣旨を定めたものであると解している。しかし、前にも述べたように、通勤距離外の部隊移動の場合は、部隊が現在の所在地に移動するだけ、両所在地を通じて労務の需要に影響はなく、労務者の人員を削減する必要はないが、一般に労務者が通勤距離外である新所在地に移転することは不可能ないし因難であるため、労務者が新所在地に転勤するか、転勤しないかは、その自由意思に任せるのが相当であるから、右(b)の規定は、この場合に転勤を希望する労務者は転勤して雇傭関係を継続させることができるが、転勤を希望しない労務者は退職することができるものとし、その退職による雇傭契約の終了は、使用者に帰責されるべきものであるから、このような退職者は、細目書ⅠH節8aに定める権利と給付、すなわち通常の退職手当の外に、人員整理退職手当の支給を受けることができるものとしたのである。従つて、通勤距離外の部隊移動の場合には、労務者は部隊の新所在地に転勤するか、あるいは前記のような有利な条件で退職するか、いずれでも選択することができるわけであるが、それだからといつて、被告が主張するように、右(b)の規定は、この場合に転勤を希望しない労務者はすべて退職しなければならないものとする趣旨を定めたものと解することはできない。けだし、通勤距離外の部隊移動の場合に、労務者が新所在地に転勤することが不可能ないし因難となるのは、使用者に帰責されるべき事由によるのであるから、労務者が退職を希望すると否とにかかわりなく、労務者の退職によつて、雇傭契約が終了するものとすることは、不合理であるからである。

以上のとおりで、細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定に対する被告主張の解釈も、また失当といわなければならない。

(三) 要するに、右(b)の規定は、通勤距離外の部隊移動の場合に、転勤を希望しない労務者で退職を希望するものについて、その退職の条件(退職手当)を定めたものであつて、転勤も退職も希望しない労務者に対する人事措置については、なんら規定するところがない。従つて、原被告が主張するような右(b)の規定の解釈を前提としては、転勤を希望しなかつた原告らと被告との間の雇傭契約が解雇されたか、あるいは合意解除されたか、そのいずれとも認定することができないのである。

2  被告は、部隊移動の場合には、部隊の現在の所在地における業務は廃止されるのであるから、原告らの転勤を希望しない旨の申出は、原告らが被告との間の雇傭契約を継続させる意思のないこと、すなわち、退職の意思を表明したものと解すべきであると主張するが、少くとも通勤距離外の部隊移動の場合に、労務者が新所在地に転勤することが不可能ないし因難となるのは、通勤距離外の部隊移動を決定した使用者に帰責されるべき事由によるのであるから、部隊の現在の所在地における業務が廃止され、労務の需要がなくなるといつて、直ちに、原告らの転勤しない旨の申出を、退職の意思を表明したものと解することの不合理なことは、既に述べたとおりである。

なお、本件の軍の通信補給廠の旧所在地における労務者七九八名のうち、約六〇〇名もが新所在地に出勤しているのに、原告らが出勤しないでいること、原告らが通常の退職手当の外に、人員整理退職手当をなんらの異議もなく受領していることは、当事者間に争がない。被告は、以上の事実からみても、原告らに退職の意思があつたことが明らかであると主張するのであるが、原告らが出勤しないからといつて、また、原告らが右退職手当を異議なく受領したからといつて、このことのみでは、必しも原告らに退職の意思があつたものと断定することができない。原告らと被告との間の雇傭契約が既に終了していること、基本労務契約上、右退職手当が人員整理によつてて解雇される労務者に対しても支給されることを思えば、なお更のことである(細目書ⅡB節12参照)。被告の右主張は肯定することができない。

3  ところで、通勤距離外の部隊移動の場合には、部隊の現在の所在地における労務の需要はなくなり、労務者の人員を削減する必要があり、しかも、労務者は、使用者に帰責されるべき事由によつて、新所在地に転勤することが不可能ないし因難となるものであることは、既に述べた。このような場合に、転勤を希望しない労務者で退職の申出もしないものに対する人事措置としては、基本労務契約(細目書を含む)上特別の規定のない以上、細目書ⅠH節に規定する人員整理の一般の手続によつて、その雇傭契約を終了させる外ないものといわなければならない。

本件の場合、別表(一)記載の原告らの転勤を希望しない旨の申出が退職の申出と認められないことは、前記のとおりであり、他に同原告らが退職の申出をしたものと認めるに足りるなんらの証拠もないそして、同原告らと被告との間の雇傭契約が、「人事措置通知書」がそれぞれ原告らに到達した同表の「解雇年月日」記載の日に終了した事実に徴するとき、被告の同原告らに対する「人事措置通知書」による、原告らが退職したことを認める旨の通知は、被告が細目書ⅠH節(人員整理)の規定によつてした即時解雇の意思表示であると認めるのが相当である。前記「新基本労務契約の解釈及び運用について」と題する昭和三二年一二月二六日附調達庁通達(調労発第一、八二四号)及び改正後の細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定は、右認定の相当性を裏付けるものということができる。従つて、別表(一)記載の原告らと被告との間の雇傭契約は、被告の即時解雇の意思表示によつて、同表の「解雇年月日」欄記載の日に終了したものといわなければならない。

4  次に、別表(二)記載の原告らが、被告から「お知らせ」と題する書面をもつて、軍の通信補給廠が通勤距離外に移動するが、転勤を希望しない労務者は細目書ⅠH節8aに定める権利と給付を得て退職することができる旨の通知と共に、転勤希望の有無の問合せを受けたのに対し、いつたん転勤を希望する旨を回答したが、その後「変更届」又は「理由書」と題する書面をもつて、転勤をとりやめて、退職する旨を届出たことは、既に述べたとおりであるから、同原告らは、細目書ⅠH節9C(2)(b)の規定によつて、退職を申出たものと認めるのが相当である。そして、同原告らと被告との間の雇傭契約が、原告らが退職したことを認める旨の「人員措置通知書」がそれぞれ同原告らに到達した同表の「解雇年月日」欄記載の日に終了した事実に徴するとき、右雇傭契約は、同原告らの退職の意思表示によつて、右の日終了したものといわなければならない。

三 以上の次第で、被告は、別紙(一)の「解雇年月日」欄記載の日に、細目書ⅠH節(人員整理)の規定によつて、同表記載の原告らを即時解雇したのであるから、同原告らに対し、同節7f及び細目書ⅡB節2の規定により、解雇予告手当として、三〇日分の平均賃金を支払う義務がある。そして、これを支払わない被告は、労働基準第二〇条第一項の規定に違反する使用者であるから、当裁判所は、同法第一一四条の規定により被告に対し、右解雇予告手当と同一額の附加金の支払を命ずべきである。

しかるところ、別紙(一)記載の原告らの三〇日分の平均賃金が同表の「三〇日分平均賃金」欄記載の額であることは、当事者間に争がないから、同原告らが被告に対し、別表(一)の「三〇日分平均賃金」欄記載の額の解雇予告手当及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明白な昭和三四年一二月一三日から完済に至るまで民法所定の利率年五分の割合による遅延損害の外に、同表の「附加金」欄記載の額の附加金の支払を求める請求は、正当として、認容すべきである。

しかし、既に認定したように、別表(二)記載の原告らと被告との間の雇傭契約は、同原告らの退職によつて、終了したのであるから、同ら原告が被告に対し解雇予告手当及び附加金の支払を求める請求は、失当として、棄却すべきである。

四  よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、なお、仮執行の宣言を附するのは相当でないと認めて、その申立を却下することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 西 岡 悌 次

裁判官 松 野 嘉 貞

当事者目録

原告渥美京子(ほか八三名)

右原告八四名訴訟代理人弁護士佐伯静治(ほか二名)

被告国

右代表者法務大臣中垣国男

右指定代理人家弓吉己(ほか三名)

別表(一)(二)(省略)

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